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~山彦恵方 『霊性復古』より~

「狼王ロボ」と言う物語がある。
物語と言ってもノンフィクション、つまり事実にもとづいた物語である。
作者は、『シートン動物記』のアーネスト・トンプソン・シートン。

感想文を書くために買求めたのが王の称号を持つ狼「ロボ」との出遭いだった。
と同時に小学四年、本を読んで泣くこともあるのだという自分と出逢った夏休みでもあった。

物語の舞台は、アメリカ合衆国西南部、ニューメキシコ州北部。
人間は、開拓の名のもとに森を破壊し草原にして家畜を放牧した。
結果、食物連鎖の頂点に在った狼達の食べる物は激減し生存の危機に直面した。
家族が飢えて死を受け容れるのみという状況にある時、座して、運命よと死に甘んじる者がいるであろうか。

運命を司る大地は、その土地に一匹の灰色狼を遣わした(としか想えない)。
土地の人々は、力と智慧を持ち合わせ強い統率力を持った彼、いや狼を「王様ロボ」と呼んだ。
開拓の入植者は白人、労働する土地の人は先住民の血を引く人々である。

ロボに指揮された群れ(家族)は、生きる為に家畜を襲った(襲うという表現は、人間側に都合の良いエゴであるが)。

懸賞金は吊り上げり、それを目当てにハンターが集まった。
が、しかしロボの指揮下、巧みに罠をかわす群れ。
打つ手は尽き、動物学者であるシートンに依頼は及ぶ。
ロボとシートンの対決は、ことごとくロボの勝利であった。
まさに万策尽きたかに想えたが、シートンは諦めなかった(心の中で諦めて欲しいと願う子供の自分がいたのを覚えている)。

シートンは行動する群れの中に唯一の雌がいることに気がつく、それはロボの妻ブランカだったのだ。
彼女を捕えて殺すことに成功する。
いなくなったブランカを探すロボは動揺する。
やがてブランカの匂いのついた罠にかかり捕らえられてしまう。

「妻(への愛)」そして「自由と誇」・・・その全てを一度に奪われた心(想像すると痛みの共有を強いられる)。

ロボは、与えられた一切の餌を口にすることなく静かに息を引き取った。
死んだ妻ブランカの隣りに埋葬され、ひとりカウボーイがその場に向け話しかける。
「ほれ、お前はこいつの傍へ来たがってたんだろう。これで、また一緒ってわけだ」

小四の自分にすら感じ得た、ロボの気高き逝き方。
そして土地の人であるカーボーイの語りかけに、「王」とともに失った自分達の「誇」への哀悼の念を感じた。

「誇」とは何か、その概念が心の内で生まれ心の底に沁みついた。
失われたものが「物語」から蘇えり、この瞬間(とき)、ロボの精神(の一部)が私の心にも宿ったのである。

生命の循環とは、骨、肉、血が姿、形としての循環であろう。
しかし魂の循環、精神の伝承はこういう形でも行われるということを知って欲しいのだ。
ロボは、今も確実に私の中の精神、魂の構成の一部となり生きていて、私を活かしてくれている。

狼は虎のように発情期に限って一夫一婦制をとらない。
ライオンのように一夫多妻制でもない。
生涯を通しての一夫一婦制なのだ。
交尾の際に脳内に分泌される化学物質により互いを特別と認識する。
人間も同様の物質を持っているのだ。

狼に「愛」という概念はないだろう、ないだろうがあると信じたくなる。
人間の作り出した「愛」という概念、あるいは観念、もしくは「愛」という哲学的なものの根源も脳内物質による幻想でしかない。
狼は「初恋の人と結ばれて一生をともに生きる」ことのできる羨ましいくも美しき生命体であり、それを行動として現わしている。
その現われは、理論や言葉の限界を遙かに超越して、人の心へ響く力(パワー)を持っているのだ。

人間は「愛」という脳内幻想を騙す術を得て欲望を許す術を手に入れた。
その結果、生命の持つ、崇高なる精神性、魂の導き、あるは霊的な世界にあった愛の根源の行動を失ったのである。
同時にそれは活き方が心に響く力を失ったことをも意味する。

世界のいたるところにいた「土地の人々」は、狼は家畜を襲っても人間を襲うことが無いことを長い幾世代もの付き合いのなかで信頼という智恵に変えていた。
親とはぐれた人間の赤ん坊や子供を育ててくれた狼の存在を、慈しみ眼を持って語り継いできた。
狼は、親戚兄妹で群を形成し森の中で助け合って生きている、それは「土地の人々」の部族も同じだった。
だからであろう、「狼は我々を子孫と観ている」と信じ、彼らは「狼を我々の祖先だ」と信じていたのである。
土地の民は、狼を森で暮す「四足で歩く兄弟親戚」と観て尊敬し共存共栄を祈っていた。

優れたリーダーでありハンターであるロボに対し王の称号を贈り畏敬の念を現わしたのは極自然のことであった事が想像に難くない。

「土地の人々」と狼との関係は、今では遠い昔の記憶となり「物語」の世界でしか無くなってしまった。
そして同時に「愛」と「誇」を失ったかにも想えるが、そうではないことを信じたい。
この文を書きながらアパッチの孤高の英雄ジェロニモに想いが巡った。

この文をロボの魂に捧げる。
山靈呼byKOH
http://yamabiko.ehoh.net/
 

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